案内(あない)知りたる少女に引かれて、巨勢は右手(めて)なる石段をのぼりて見るに、ここは「バワリア」の庭(ホオフ)といふ「ホテル」の前にて、屋根なき所に石卓(いしづくえ)、椅子(いす)など並べたるが、けふは雨後なればしめじめと人げ少し。給仕する僕(しもべ)の黒き上衣(うわぎ)に、白の前掛したるが、何事をかつぶやきつつも、卓に倒しかけたる椅子を、引起して拭(ぬぐ)ひゐたり。ふと見れば片側の軒(のき)にそひて、つた蔓(かずら)からませたる架(たな)ありて、その下(もと)なる円卓(まるづくえ)を囲みたるひと群(むれ)の客あり。こはこの「ホテル」に宿りたる人々なるべし。男女打ちまじりたる中に、先の夜「ミネルワ」にて見し人ありしかば、巨勢は往きてものいはむとせしに、少女おしとどめて。「かしこなるは、君の近づきたまふべき群にあらず。われは年若き人と二人にて来たれど、愧(は)づべきはかなたにありて、こなたにあらず。彼はわれを知りたれば、見玉へ、久しく座にえ忍びあへで隠るべし。」とばかりありて、彼(かの)美術諸生は果して起(た)ちて「ホテル」に入りぬ。少女は僕を呼びちかづけて、座敷船はまだ出づべしやと問ふに、僕は飛行く雲を指さして、この覚束(おぼつか)なきそらあひなれば、最早(もはや)出(い)でざるべしといふ。さらば車にてレオニに行かばやとて言付けぬ。






